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2007年8月 5日 (日)

物を見ること・考えること

季刊教育フロンティアNo,1 教育出版1963 p8-15
「プログラム学習における思考の訓練について」

■物を見ること・考えること

 さて次に、物を見ることと考えることとの関係はどうであろうか。見れども見えず、などという言葉があるように、見るというのもなかなかむずかしい言葉である。見てもみえないというのだから、見るというのは単に視覚だけではない。聞くということが単に音の問題でないと同じである。ごく簡単なこれは何々であるというように判別するだけの「見る」でもやはり、それとそれでないものを区別する働きがある。
 
 「これは悪い道だ」というのは、よい道との比較をしているのである。そうみているのは、そう考えているのである。しかしこの場合、聞くとか読むとかと非常にちがった性質があるのは、道は何も語ってはいないということである。これは悪い道だと考えるのは、全くこちらの考えることであって、道はそう言っていないし、書いてあるわけでもない。見る人、考える人の主観の問題である。だからある人は、その同じ道を歩いても、これは悪い道だと考えないかもしれない。たとえば、ふだんからそういう悪い道を歩いている人で、道とはそういうものだと思っている人は、これは悪い道だという判断をしない。そういうものとして見、考えないわけである。ふだんよい道を歩いている人は、道とはどういうものかという経験をもっているから、それと比べてこれは悪い道だというように考えるのである。しかしそういう人でも、その道を見るときの関心のあり方によって、これは悪い道だなどと考えないかもしれない。全く別なことを考えてその物に対していれば、例えば、狭いか広いかという関心だけに手中していれば、例えば、狭いか広いかという関心だけに集中していれば、その点だけが見えて、よしあしは見えない、考えないことがある。結局、関心の方向がそう考えさせるのである。

 関心の方向はある意味で無限だといえる。ただ理屈の上でいうなら、何でも関心の的になりうる。関心というのは「問」と言い換えてもよいであろう。この道は狭いか広いか、歩く道と車道と分かれているか、よいかわるいかなどというほかに、理屈の上では、食べられるかどうか、おいしいかどうか、金をもっているかどうかなどという関心もありうる。ただ私たちは道は食べ物ではないということを知っている。だからそういう関心をもたないのである。道に対して食べられるかどうかなどという問いを出したら気違いだと思われるだけである。つまり普通人ならば、その対象に対してどういう問いを出すか、関心を持つかはおのづから決まっているということである。

 われわれは現在あらゆる対象に対して、ある方向の関心を持つように作られている。教えられているといってよい。太陽は怒るかどうか、文字通り怒るというような問いは太陽に対しては出さない。昔はそうでなかった。現代でも未開社会ではそういう方向で関心をもつ人々もいるが、われわれは今はそういう関心はもっていない。一定の関心のもち方を教えられているからである。それが正しいかどうかは別のことであるが。
 
 ところで、話を聞く、書いた物を読むときのその聞かされる話の内容、読まされるものは、話し手、書き手の関心によって、考えが動いている。「この道は悪いですね」と語る、あるいは書くならば、それはその人がその関心をもとにして物を、つまり道を考えていることになる。聞き手、読み手はその関心に動かされて、その通りだと考えていかなくてはならない。

ところが、話し手、聞き手がなくて自分が道に対したときは、自分の関心によって考えを進めるわけである。その道への対し方は全く自分のものでなくてはならない。いかなる問いをもつかということは、自分の問題である。ここが話を聞くとか、書いたものを読むとかというときと異なるといわなくてはならぬ。つまり考えるという行動を導くもの、考えをすすめるもう一つの根底にあるもの、関心をもっていなくてはならぬということになる。いいかえれば、対象、今の例でいえば道であるが、道に対する関心のもち方、問いの出し方を身につけているということが重要であるということになる。(つづく)

■考えさせるということ
■関心のもち方を整理すること

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