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2007年7月31日 (火)

教育の実験的研究について

日本近代教育史事典(平凡社1971)p619
教育思想・教育研究/教育の実験的研究 

教育の実験をするということは厳密な意味では成立しないともいえる。医学における人体実験と同じように考えれば、人間に実験するにはすでにそれ以前の万全の研究を土台にしなければならない。一定の仮説に基づいた周到な計画的教育であって、それが同時に研究としての意味をもつというように考えれば、問題はその仮説がいかなるものかということにかかって来る。仮説が現実的な地盤をもっておれば、それは現実の教育の改善ということである。同時にそれが研究として行われる。
 このような意味での教育の実験的研究は戦前にもないわけではなかった。新しい教育実践というのは多かれ少なかれ教育の実験的研究としての意味をもつといい得る。戦前にさまざまな教育思想に基づいて実践が行われたが、それらはいずれもそのような意味のものとして考えてよい。あるいは体験教育とか、あるいは合科教育などという実践が、附属小学校などで行われた。
 戦後においてこのような方向のものとしては、様々な地域でおこなわれた○○プランといわれる教育実践がある。これらはある意味では現実を一歩出た仮説をもって教育を行いその結果を観察し、反省することによって、次第により精細な実践の計画をつくりあげて行くという過程で行われている。戦後社会科の教育を中心にした川口プランとか、本郷プランとか、福沢プランとかいわれているものは、そのような実験研究の産物であるといってもよい。
 教育の実験的研究は比較的長期にわたって行われる必要がある。それは実践を一歩一歩積み上げる必要があるからである。富山の北加積小学校は15年以上の長い積みあげでプログラム学習を実施し、学年のわくをはずして教育を実施できるような実体をつくりあげている。こういう研究のためには周囲の理解と援助が不可欠である。(矢口 新)

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