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カテゴリー「エピソード」の記事

2017/09/26

16.学ぶ姿勢、学ぶ風土をつくる

 矢口 新が最も大事にしていたのは「行動姿勢」を育てること。課題に向かってチャレンジし、探究し、協同する姿勢、そしてそれを育てる「場」をつくるのが教育者の仕事だと考えていました。そのことを最も端的に示しているのが、大日本製糖門司工場の全自動化における従業員の再教育プロジェクトです。

 昭和51年(1976)、明治時代から続く製糖会社の草分け、大日本製糖が、砂糖の精製工程を完全自動化し、集中制御に切り替えることを決定しました。それまで工程別、装置別に別れ、それぞれ専門化していた仕事は大きく変わります。各工程の装置をすべて連結し、原料糖から製品までを一つの流れとしてコンピュータで集中的に管理する完全自動制御システムでは、現場から離れた集中管理室で計器類を監視し、システム全体を管理することが仕事の中心になります。この仕事の変化に従業員が適応できるように再教育するのがこのプロジェクトの課題です。

 当時の一般的教育方法は、計装メーカーの実施する研修への派遣。講義と実習といういわゆる学校方式のものでした。しかしプロジェクトの責任者の安倍晋一氏(当時技術部長)は、その方式では中高年の従業員(中卒、高卒)に高度な自動制御の技術は身につかないと考え、全従業員の再教育を矢口の率いる能力開発工学センターに委託したのです。

 能力開発工学センターは、このとき既に、脳の働きを基にした行動形成の方法を独自に開発していました。学習者が小グループで共同し、主体的、探究的、行動的に課題にとりくむ学習をすることにより、共同する姿勢、主体的、探究的、行動的な姿勢が育つ。姿勢が育てば、人間は自ら課題を見つけ、自ら課題を解決するようになる。そのことは様々な事例で実証済みでした。
  
 教育の基本計画、学習カリキュラムの設計、学習プログラムと教材の開発は、大日本製糖の技術部とセンター研究員によるプロジェクトチームによって、プラント工事が始まる10ヶ月前から開始され、開発と並行して、出来たばかりの教材を使って従業員の学習も開始されました。会社側の開発メンバーが学習のインストラクター(進行・相談役)となりました。
 
 学習は、解体前の装置を教材にした砂糖の精製工程の調査・分析に始まり、工場の空きスペースに仮設した学習室で、砂糖精製の原理の実験、シミュレータを使った電気回路や自動制御の学習。解体・新設工事の期間中は、IFD(計装のフローダイアグラム)の読み方と分析、そして工事完成後は、IFDを使って新しいプラントの計器と装置のつながりを調べるというように、現場に即し現場を教材にして学習が行われました。また工事期間中には、運転員や保全員だけでなく、事務員も砂糖精製の基本など必要な部分を学習しました。こうして工場ぐるみの学習が、教材開発と同時並行で1年半に渡って続けられたのです。
 
 このプロジェクトの責任者、安倍晋一氏(技術部長)は、新工場が完成し試運転後の従業員の仕事ぶりを見て、次のように語っています。

「 IFDという計装のフローダイアグラムは、従来は設計屋の見るもので、一般運転員は読みこなすこともできなければ、見る力さえない。それを今回の教育では、工場を休止して建て直している間に、新工場を研究する材料として使ったわけです。実際の運転に入って、当然のように初期故障がいろいろ起こりました。すると一般の運転員が、ポケットにつっこんでいたこのIFDをさっと取り出し、どこが問題かを判断し、現場へとんでいってその場所を処理するということをやりました。これはもう、ここまでの教育の立派な成果だと思っています。仕事に対して、非常に興味をもってやるという姿勢が出てきました。」

 安倍さんのこの言葉は、学ぶことが特別なことではなく、当たり前のようになっている、かっこよく言うと“学ぶ風土”が生まれたという証言ではないかと思い、この回のタイトルにしました。(S)

★このプロジェクトで使われた学習教材は、その後、毎年の新入社員教育に使用されたほか、同業他社へも普及されました。
★このプロジェクトの具体的な紹介や解説は、能力開発工学センターのサイトや、紀要、ニュースなどに掲載されています。

「工場の全自動化に伴う現場オペレータの再教育」

「門司工場その後ーエンジニアリング会社の立場からー」 (協立エンジニアリング㈱ 兵頭 暁)

   
本ブログ第3回「製糖工場で」(2006)でも紹介していました。(10年前に書いたもので、自分のこだわりに驚いています)
   
以下は紀要なので、ご関心があればコメント欄又はご連絡ください。infox@jadec.or.jp

 ・高令化社会における生涯学習への一つの通路
  ―製糖工場のオートメーション化に伴う授業員再教育プロジェクト中間報告―
 
 ・企業内教育の転換
  ―製糖工場のオートメーション化に伴う従業員再教育プロジェクト第二次報告―


2017/06/28

15. トイレのサンダルの話

 前回から、矢口と関係があった方々が矢口をどう捉えていたかということについても、このブログで紹介していくことにしました。しかし実際に書いてみると、簡単ではありませんでした。矢口に関わった方々の回想などを、筆者が引用して紹介する場合、引用させていただいた方にご迷惑をかけることがあるからです。
 
 例えば、次のような事例です。

 富山県教育研究所におられたKさんが、東京杉並区井荻にあった能力開発工学センターを尋ねたときの回想です。(70年代前半)

『・・・センターから失礼する時のことでした。我々二人をトイレに案内された先生は、トイレ内の木製のサンダルの乱れをみると、ちょっと悲しげなお顔をなさって、丁寧に並べ変えられました。そして一言「所員の躾けには十分気を配っているんだがね」と、おっしゃいました。未だに忘れがたい一言であります。』(1991年4月 「アドヴァンス・サロン」第27号より抜粋 )
 
 この回想は、矢口の几帳面な性格を示す一つのエピソードですが、一方でセンターの所員はトイレのサンダルを脱ぎ散らすだらしない人間だといわれているわけですから、この回想を引用した筆者は、センターの所員に対しても、また「所員の躾けには十分気を配っているんだがね」と言った矢口に対しても、そしてこの回想を書いたKさんにも迷惑をかけていることになります。

 実は筆者も、矢口がトイレのサンダルを並べるだけでなく、洗面台の汚れや石鹸の汚れなども気がつくとすぐ自分で洗っているのを見たことがあります。ですから所員も、矢口に習ってサンダルを並べ、洗面台を洗っていました。しかしこのトイレは、同じ建物に入居する他のテナント(機械技術系の検査機関や研究機関)の人たちも共同で使っていて、清掃員が毎日清掃しているにもかかわらず、1日が終わる頃にはまた元のもくあみになっていました。
 つまり矢口が「所員の躾けには十分気を配っているんだがね」と言ったのは、センター所員がダメだと言うことではなく、またお客さんへの単なる言い訳でもない。行動形成の方法論をずっと研究・指導してきた矢口自身もなかなか解決できない、その無念の思いを込めた述懐だったのではないかと思うのです。

 とまあ、矢口についてのわずか数行の回想を紹介するのにも、いろいろ考えさせられ、気を使い、言い訳している次第です。(S)