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2017/09/26

16.学ぶ姿勢、学ぶ風土をつくる

 矢口 新が最も大事にしていたのは「行動姿勢」を育てること。課題に向かってチャレンジし、探究し、協同する姿勢、そしてそれを育てる「場」をつくるのが教育者の仕事だと考えていました。そのことを最も端的に示しているのが、大日本製糖門司工場の全自動化における従業員の再教育プロジェクトです。

 昭和51年(1976)、明治時代から続く製糖会社の草分け、大日本製糖が、砂糖の精製工程を完全自動化し、集中制御に切り替えることを決定しました。それまで工程別、装置別に別れ、それぞれ専門化していた仕事は大きく変わります。各工程の装置をすべて連結し、原料糖から製品までを一つの流れとしてコンピュータで集中的に管理する完全自動制御システムでは、現場から離れた集中管理室で計器類を監視し、システム全体を管理することが仕事の中心になります。この仕事の変化に従業員が適応できるように再教育するのがこのプロジェクトの課題です。

 当時の一般的教育方法は、計装メーカーの実施する研修への派遣。講義と実習といういわゆる学校方式のものでした。しかしプロジェクトの責任者の安倍晋一氏(当時技術部長)は、その方式では中高年の従業員(中卒、高卒)に高度な自動制御の技術は身につかないと考え、全従業員の再教育を矢口の率いる能力開発工学センターに委託したのです。

 能力開発工学センターは、このとき既に、脳の働きを基にした行動形成の方法を独自に開発していました。学習者が小グループで共同し、主体的、探究的、行動的に課題にとりくむ学習をすることにより、共同する姿勢、主体的、探究的、行動的な姿勢が育つ。姿勢が育てば、人間は自ら課題を見つけ、自ら課題を解決するようになる。そのことは様々な事例で実証済みでした。
  
 教育の基本計画、学習カリキュラムの設計、学習プログラムと教材の開発は、大日本製糖の技術部とセンター研究員によるプロジェクトチームによって、プラント工事が始まる10ヶ月前から開始され、開発と並行して、出来たばかりの教材を使って従業員の学習も開始されました。会社側の開発メンバーが学習のインストラクター(進行・相談役)となりました。
 
 学習は、解体前の装置を教材にした砂糖の精製工程の調査・分析に始まり、工場の空きスペースに仮設した学習室で、砂糖精製の原理の実験、シミュレータを使った電気回路や自動制御の学習。解体・新設工事の期間中は、IFD(計装のフローダイアグラム)の読み方と分析、そして工事完成後は、IFDを使って新しいプラントの計器と装置のつながりを調べるというように、現場に即し現場を教材にして学習が行われました。また工事期間中には、運転員や保全員だけでなく、事務員も砂糖精製の基本など必要な部分を学習しました。こうして工場ぐるみの学習が、教材開発と同時並行で1年半に渡って続けられたのです。
 
 このプロジェクトの責任者、安倍晋一氏(技術部長)は、新工場が完成し試運転後の従業員の仕事ぶりを見て、次のように語っています。

「 IFDという計装のフローダイアグラムは、従来は設計屋の見るもので、一般運転員は読みこなすこともできなければ、見る力さえない。それを今回の教育では、工場を休止して建て直している間に、新工場を研究する材料として使ったわけです。実際の運転に入って、当然のように初期故障がいろいろ起こりました。すると一般の運転員が、ポケットにつっこんでいたこのIFDをさっと取り出し、どこが問題かを判断し、現場へとんでいってその場所を処理するということをやりました。これはもう、ここまでの教育の立派な成果だと思っています。仕事に対して、非常に興味をもってやるという姿勢が出てきました。」

 安倍さんのこの言葉は、学ぶことが特別なことではなく、当たり前のようになっている、かっこよく言うと“学ぶ風土”が生まれたという証言ではないかと思い、この回のタイトルにしました。(S)

★このプロジェクトで使われた学習教材は、その後、毎年の新入社員教育に使用されたほか、同業他社へも普及されました。
★このプロジェクトの具体的な紹介や解説は、能力開発工学センターのサイトや、紀要、ニュースなどに掲載されています。

「工場の全自動化に伴う現場オペレータの再教育」

「門司工場その後ーエンジニアリング会社の立場からー」 (協立エンジニアリング㈱ 兵頭 暁)

   
本ブログ第3回「製糖工場で」(2006)でも紹介していました。(10年前に書いたもので、自分のこだわりに驚いています)
   
以下は紀要なので、ご関心があればコメント欄又はご連絡ください。infox@jadec.or.jp

 ・高令化社会における生涯学習への一つの通路
  ―製糖工場のオートメーション化に伴う授業員再教育プロジェクト中間報告―
 
 ・企業内教育の転換
  ―製糖工場のオートメーション化に伴う従業員再教育プロジェクト第二次報告―


2017/06/28

15. トイレのサンダルの話

 前回から、矢口と関係があった方々が矢口をどう捉えていたかということについても、このブログで紹介していくことにしました。しかし実際に書いてみると、簡単ではありませんでした。矢口に関わった方々の回想などを、筆者が引用して紹介する場合、引用させていただいた方にご迷惑をかけることがあるからです。
 
 例えば、次のような事例です。

 富山県教育研究所におられたKさんが、東京杉並区井荻にあった能力開発工学センターを尋ねたときの回想です。(70年代前半)

『・・・センターから失礼する時のことでした。我々二人をトイレに案内された先生は、トイレ内の木製のサンダルの乱れをみると、ちょっと悲しげなお顔をなさって、丁寧に並べ変えられました。そして一言「所員の躾けには十分気を配っているんだがね」と、おっしゃいました。未だに忘れがたい一言であります。』(1991年4月 「アドヴァンス・サロン」第27号より抜粋 )
 
 この回想は、矢口の几帳面な性格を示す一つのエピソードですが、一方でセンターの所員はトイレのサンダルを脱ぎ散らすだらしない人間だといわれているわけですから、この回想を引用した筆者は、センターの所員に対しても、また「所員の躾けには十分気を配っているんだがね」と言った矢口に対しても、そしてこの回想を書いたKさんにも迷惑をかけていることになります。

 実は筆者も、矢口がトイレのサンダルを並べるだけでなく、洗面台の汚れや石鹸の汚れなども気がつくとすぐ自分で洗っているのを見たことがあります。ですから所員も、矢口に習ってサンダルを並べ、洗面台を洗っていました。しかしこのトイレは、同じ建物に入居する他のテナント(機械技術系の検査機関や研究機関)の人たちも共同で使っていて、清掃員が毎日清掃しているにもかかわらず、1日が終わる頃にはまた元のもくあみになっていました。
 つまり矢口が「所員の躾けには十分気を配っているんだがね」と言ったのは、センター所員がダメだと言うことではなく、またお客さんへの単なる言い訳でもない。行動形成の方法論をずっと研究・指導してきた矢口自身もなかなか解決できない、その無念の思いを込めた述懐だったのではないかと思うのです。

 とまあ、矢口についてのわずか数行の回想を紹介するのにも、いろいろ考えさせられ、気を使い、言い訳している次第です。(S)

2017/05/24

14. 明日をひらく教育に情熱をそそいで

Photo_13 表題は、矢口新(やぐち はじめ)の指導を受けていた企業人、学校関係者、そして能力開発工学センター所員で構成される研究会「能力開発工学研究会」の機関誌「アドヴァンス・サロン」27号のタイトルです。矢口の亡くなった1年後の1991年4月に発行したもので、サブタイトルに「矢口新先生の行動と言葉の記録」とあり、矢口と関係のあった60人が、矢口との関わり、人となり、思い出を語っています。

 ブログ「教育フロンティア矢口新」では、教育研究者として矢口が目ざしたことを矢口の著作を基に紹介してきましたが、これからは矢口と関わった多くの人たちからの情報も交え、広い視点から矢口を捉えていきたいと思います。
 今回は、その矢口の追悼号ともいえるアドヴァンス・サロン27号の冒頭に、研究会事務局長の井手勝さんが書いた『はじめに』を紹介します。
 井手さん(故人。元NEC航空路管制システム本部本部長、元東京アプリケーションシステム株式会社社長)は、矢口の提唱した「プログラム学習」を「コンピュータのプログラムの学習」と間違えて矢口のもとを訪れたところ、その考え方の面白さにはまって、弟子入りしたというエピソードの持ち主で、後に能力開発工学センターの常務理事も務められました。

井手さんは「この追悼号は思い出に耽るためのものではありません」と、矢口の志を継いで活動していく覚悟を語っていますが、その思いは、任意団体となった現在の能力開発工学センターにも引き継がれています。

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明日をひらく教育に情熱をそそいで〜矢口新先生の行動と言葉の記録〜 
(1991年4月 「アドヴァンス・サロン」第27号より抜粋 )

はじめに

 矢口先生が亡くなって早や一年が経ちました。“棺を覆うて後、事現わる”のたとえの如く、先生が私達に残されたものの重さ、大きさが次第に感じられてきました。
 山積する教育問題の解決に次々と立ち向かい、倦むことなく実践し続けた矢口先生の革新のエネルギーのただならなさは、改めて私達を驚かせます。
 荒廃した現在の教育情況を改革するために、今こそ限りない情熱を多くの人々のものとする必要があるのではないか。このような祈りをこめて、先生と行動を共にされた方々に、矢口先生の行動と言葉の記録をご執筆いただきました。
 ですから、この記録は単に矢口先生の思い出にふけるためのものではありません。矢口先生の心を広く伝えて、教育革新への輪を広げて行くためのものです。
 どうぞ、そのようにご利用いただきますようお願いいたします。

 1991年4月      矢口新先生顕彰特別事業実行委員会 副委員長  井手 勝


2017/02/03

13.10年ぶりに再開します!

 ブログ「教育フロンティア矢口新」を12回で中断したまま、なんと10年経ってしまいました。矢口新の教育への鋭い探究と思索について、半可通の私が紹介する無謀さに気づき、このさき何をどう書けばよいか分からなくなったというのが中断した理由でした。
 しかし、まてよ、そもそも、門前の小僧で浅学非才の私が、人さまに矢口教育学を語ろうと気負ったのが間違いだったのでは? 矢口が行ったこと、書いたり、語ったりしたことを、そのまま転載して読んでもらうことだけでよかったのかも・・・。
 矢口の研究は「30年早かった」といわれることがありましたが、もしそれが正しければ、世の中の役に立つのはまさにこれからかもしれません。それを見届けるという思いで、ブログ「教育フロンティア矢口新」を再開します。よろしくお願いします。(榊)

2007/06/02

12.OJTについて

 最近、「ワーク・プレイス・ラーニング」という言葉を耳にする。企業における教育、職場の人材育成を総称する概念で、その中味は、仕事を通して学ぶ OJT(オンザジョブトレーニング)や社員研修、つまりこれまでの企業内教育と変わらないようだが、ラーニングつまり「学習」の視点から捉え、より効果的な学習の場を設計するという意図がうかがえる。このワーク・プレイス・ラーニングの考え方は、矢口が一貫して実践的に展開してきたことと通じる。
 
 たとえばOJTについて…
「OJTという言葉は、我が国でも大分以前から使われているが、それが真の意味で理解されていないのは、我が国の教育とか訓練についての考え方が知識注入的であって、その中に埋没してしまうからであろう。」
「OJTとは読んでの通り、仕事をしながら自分を自分で訓練し、つくりあげて行くということで、本来生活の形成力を問題にした言葉なのである。生活の中でいかに形成するかなのである。それを昔は、職場に入ったら、しばらくは見習いとして追廻しに使われ、そのうちになんとなくどこかへ位置づいてピースワークをやらせる。そしてそれがだんだん定着していくという形で、いつの間にかピースワーカーが育ってしまう。」

 矢口が問題にしたのは、OJTがともすると視野の狭い職人的性格をつくってしまうことでした。
「それを打開するために、新しい方式として学科、座学によって理論を教育しておこうとする近代の技術教育方式が生まれたのであるが、理論というものが具体の事実と統合しないで与えられる形になるので、行動力の形成には役立たないのである」

 矢口が目標としたのは、仕事全体を眺め、眼前の仕事をその中に位置づけて研究的に行う、つまり仕事に対する姿勢の形成であった。
 「現場の仕事を単に習熟によってものにするのでなく、理論と実際とを統合した形で把握して、仕事に対して広い展望をもち、発展的に行動してゆくことができる作業員を形成するには。現場を行動の場と位置づけ、いかなる行動が最もふさわしいかという考え方でそれを解析し、そこから自分の行動の仕方を生み出して来るように学習の場(研究の場といってもよい)を設計することが大切なのではないだろうか」

 矢口が開発した仕事の学習システムや教材は、すべてこの考え方によるものである。
(矢口新選集6 「生きがいに挑戦する人間の育成」より「企業内教育の転換」から)
 

2006/04/21

11.創造と発見への意欲

 矢口は、戦後アメリカを中心に流行したプログラム学習を日本に導入した先達の一人であった。プログラム学習は、方法としてはコンピュータを利用した学習支援システム「CAI」へ受け継がれ、形態としては「学習の個別化」として学校教育に取り入れられたが、肝心の学習プログラムの研究と開発は、指導要領に基づく日本の学校教育とは相容れないところがあり、変質しつつ衰退していった。

 下記の一文は、新しい教育の方法を普及させようと努力した矢口の思いであるが、現在にもそのまま通じる指摘ではなかろうか。

「…これまでわれわれは教育技術をいつも諸外国の先進的努力の移植という形で取り入れてきた。諸外国が先進的努力でによって積み上げたものを試験済みのものとして翻訳し輸入したのである。そういう習慣があるから、今まだ生まれたばかりで、将来どういう形のものに成長するかわからないといったものに対する努力に不慣れである。とかく、我々はすでにわかったものを受け入れる態度になりがちである。仮説をたて、実証的に研究をし、創造と発見によって新しい現実をつくるという態度が希薄である。そういう点は、多くの教師の態度にもすぐ現れる。いつもすっかりわかってしまったものを受け入れるという態度である。またそういうものでなければ実践しようとしないという態度である。あるいはやってみない先に限界まで知ろうと言う態度である。要するに頭の中で観念的に考えるのである。実践的にものをつくり上げようとしないのである。実践によって自ら解決し、発見して、新しいものをつくりあげる態度がない。模倣文化などといわれる所以はそこにある。自らの責任と努力によって、自主的に新しい現実をつくる意欲に欠けるところがある。」
(1962矢口新「プログラム学習の理論と方法」明治図書p248〜9)

2006/04/12

10.知っているとは…

 矢口教育学では、知識も外界の現象を脳がことばによって分析し、総合し、再構成したものとなる。

 「われわれは、知識をもっているとか、知っているとかいうが、それはある対象に対して、それを測定し、分析、総合して表現することができるという脳系の働きがあるということなのである。自分はそれを知っているという表現は、自分がそのことができるということの自覚なのである。その自覚がはたして本当に知識をもっていることを表しているのか、ただ錯覚であるのかは、その脳系の働きの内実を表現してもらう以外にないのである。すなわちある対象を分析し、総合し、表現してもらうことが、ほんとうに知ってるかどうかを実証する道である。本人が自分は知っているなどというだけでは信用できないということである。」(1969潮出版社「講座日本の将来6教育改革の課題」共著Ⅶ教育工学p232)

9.わかるとは…

 矢口は人間の身体的行動と思考や感情を、脳神経系の働きとして一元的に捉えていた。矢口教育学の根底にある考え方がそこから出てくる。

(略)…〝わかる″とか〝わからない″というのは、自分の状態の自覚的表現なのであって、本当は、わかったと思い、わからないと思っていることなのである。その根底をなすものは脳系のはたらきそのものなのである。
 このことは教育の場合には重要な意味をもつ。わかったとかわからないとかは自分が思っていることである。自分が自分の脳系の状態を見た表現であって、大切なことは、その見られている脳系が本当に働いているかどうかである。つまり脳系の働きそのものをつくることが教育では大切なのである。わかるというのは、脳系があることができる、人の話に追随してゆく脳系があるというように自分では自覚したという表現にすぎないのであって、自分が思っていることが事実そうであるかどうかはわからない。教育の目的はわからせる、つまりわかったと思わせることなのでなく、その自覚の起こる根源の脳系の働く状態をつくることなのである。(潮出版社「講座日本の将来6教育改革の課題」1969共著Ⅶ教育工学p232)

2006/02/24

8.グループで学ぶ(協調学習)

 矢口新がつくり上げた学習システムは、ほとんどすべてグループ学習方式であった。学習者が数人のグループをつくって課題に取り組み、お互いに意見を交換し、協力して学習を進める。
 この方式は現在、Collaborative Learning(協調学習)と呼ばれてその効果が再認識されているが、教育現場では古くから、グループ学習とか小集団活動などと呼ばれ取り入れられて来た。矢口はこのグループ学習方式を単に教育技術としてではなく、学習本来のあり方としてとらえている。

 「学習は本来、社会的な行動なのである。個が全体になり、全体が個となる人間存在の循環運動としてあるものなのである。最近の教育の状況は、この学習の本質的意味が見失われているように見える。」

 矢口はこうした考えの対極にあるのが、個別に知識を詰め込む受験勉強のような学習であるとし、全ての学習をグループで行うように学習の場を設計した。しかし同時に、学習そのものは一人ひとり個別に成り立たせなくてはならないことを指摘している。

 「それはこの形(グループ学習)を唯一の形と考えるという考え方ではない。個別性も尊重すると同時に全体としての社会の探究へ参加するという姿勢を大切にしようとしたからである。個は全体の中へある時は入り込み、ある時は全体から離れ、そういう運動をしつつ、全体と個とが調和して進んでいかなくてはならぬ。」
 矢口はそういう社会的場において学習をとらえ実践していったのである。

(引用は矢口新選集3「探究行動を育てる学習システム」1975 p157〜8)

2006/02/14

7.学習とは…

 「学習というのは、真実を探求し、その真実に基づいて真実の行動のあり方をものにするという自主的学習であるべきである。このことはいかなる時代でも忘れてはならないことである。
 その学習の行動は、学習者が、真実探究の課題を持ち、それへの仮説を立て、それに基づいて探究をし、その結果を整理し、それによって自己の行動のあり方を確立していくことである。このような行動は断片的なテスト問題に答えるというような形で進むわけではない。むしろ、全体的な課題をとらえ、それを分析し、整理し、一つの結論を出し、また次の問題に進むという形で、きりもみ状の姿で根本に迫っていくところに成り立つものである。それは全体と部分との関係を何回もラウンドしながら進むのであろう。」 (ADE研究会アドバンスサロン18号1985「いまなぜリテラシーか」より)

2006/02/07

6.社会の転換と新しい人間像

 「現代は転換の時代と言われる。今は過去の延長線上に生活することを許されない時代である。あらたな予想外の事態に対してまったく新たな発想で対処しなければ、未来を生むことができないという時代である。そこに独創的人間の創造的努力が待望されているのである。しかもそれが歴史の過去の時代のように、一部少数の人にのみ求められているのではない。すべての人にそういうものものが望まれているのである。このこと自体過去の歴史になかったことであって、我々にとってまったく新しい事態である。歴史は少数の人によって動かされるという思想でものを考える人は、自分がすでに時代遅れになっていることを気づかないでいる人である。
 すべての人々によって現実が正しくとらえられ、そこから現実を打破していく努力が生まれ、それで新たな現実が生まれる以外にない。すべての人々に事実から正しい情報をとらえる能力が必要になって来た。その情報を処理加工して、新たな情報を生み出す能力が必要になっている。それが新たな人間の実践活動を生み出し、新たな転換が起こり、新たな社会が動きだすのである。現代日本の現実は、そういう現実である。」 1972「能力開発のシステム」(国土社)より。(矢口新選集2 p207〜8所収)

 矢口はこのあとに「産業界のいわゆる技術革新はその発端であったにすぎない。」とし、さらに「それは単に技術革新というような局限された世界のことにとどまらなくなってきた。生活の全分野にわたって新たな転換を必要とするに至ってきた。」と述べ、産業公害、市民運動、消費者運動、そして内外の政治、経済の転換への大衆参加による革新となると指摘した。こうして育てるべき新しい人間像を具体的にイメージし、教育方法の転換の必要を具体的に提起していったのである。

2006/01/20

5.前に出る姿勢

「一番必要なのは、新しいものができた時に、それに向かってこれは何だ、これとこれの関係はどうなっているんだと探究する精神ですよ。そういった前に出る姿勢を持った人間をつくらなきゃならんのです。…目の前のものに対決してわからんものを自分で探究したり、身体を動かしてどこへでもすっ飛んでいって調べるという教育と、今までの教育とは違うでしょう。人がやって整理した結果を教科書にして覚えて、試験して順番つけて、試験が終わったら忘れちゃう。それじゃ全然できないんで…」(1978パネル討論で / 矢口新選集6「生きがいに挑戦する人間の育成」p257)

2006/01/19

4.学習とは…主体的な研究

 「私は学習というのは、基本的に自己自身を啓発していくことだと思っている。つまり生活の中身に対する主体的な研究なのである。教育するというのは、本質的にそういう場を生活の場の中に準備して提供することなのである。つまり生活即学習という事態を実現することである。」 (1981 矢口新選集6 「生きがいに挑戦する人間の育成」 p94)


2006/01/12

3.製糖工場で

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  矢口は、生活の現実の中で生きて働く本物の能力を育てることを常に考えていた。そして、その能力は生活の現実の中で行動することによって育つとした。そのためには学習者が主体的に行動する場、探究する場が必要だとして、さまざまな学習システムを開発、実践している。
 そのひとつに、製糖工場の自動化に伴う作業員の転換教育(1976大日本製糖)がある。自動化以前は各工程に20年30年という砂糖づくりのベテランがいたが、自動化でそれらの技術は要らなくなり、代わって中央制御室で計器を監視し工程を管理する仕事が必要になった。矢口は自動化により人間がロボットのようにならぬように、「自分の仕事の場を総体として把握し、それを制御できる行動力」をつける教育プログラムを提案し、現場の教育担当者とプロジェクトチームを組んで教材とカリキュラムを開発した。砂糖の製造工程のさまざまな条件をシミュレートする実験、シミュレータを使ったシーケンス制御、フィードバック制御の基礎、解体前の工場の現場解析などの学習を通して、作業員は主体的に学習に取り組んでいった。

  矢口は言う。
  「この教育プログラムがねらったものは、いわゆる知識技術という内容の習得でなく、むしろ未知なるものに迫って行く姿勢態度であった。私はそういうものが育てば、知識、技能などというものは自分でその獲得の方法を発見して、自分でものにしていくのだと思っている。」(矢口新選集6「生きがいに挑戦する人間の育成」 p95)

 このプロジェクトは工場の自動化への対応にとどまらず、従業員が何事にも主体的に取り組む新たな企業風土を生み出したと報告されている。その学習システムは、その後さらに別のいくつかの製糖会社でも使われている。(写真:グループで砂糖の溶解や結晶のミニ実験。ベテランも初体験!)

2006/01/11

2.プロフィールに代えて…

 矢口新が1990年春に77才で逝って、今年は16年目である。
 教科書中心の一斉授業と知識注入型の教育を徹底して批判した矢口は、1965年国立教育研究所(教育内容室長)をやめ、68年には財団法人能力開発工学センターを設立。脳科学を土台にした独自の行動形成理論に基づく、実践的な教育プログラムを次々に開発していった。一方70年代から盛んになった教育工学の形式主義や機器指向にも批判的で、自ら率先して開発してきたCAI(コンピュータがアシストする教育システム)についても、その弊害を早くから危惧していた。グループでシミュレータを使って学習する独自のシステムを開発したのはその頃である。
 常に30年先を見ていたと評される矢口の方法論は、いまの教育の課題、真の学力をいかに養うかという問いにヒントを与えてくれる、と私は考えている。矢口の著作、セミナーや研究会の記録、そして彼の周辺にいた人たちや私自身がかいま見た矢口の言行などから、それを探ってみよう。

1. はじめに

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矢口 新(1913—1990)
新は「はじめ」と読む。
教育学者である。
研究室で文献に埋もれて研究するというのではなく、
常に現場で教育を創造し、実践し続けた人である。

今日、矢口新を知る人はほとんどいない。
教育の世界で彼の業績を取り上げる人はいない。

「30年早すぎた男」といわれた。
現在教育の現場で問題にされていること、
それらを30年前に見通して、
その解決の方向を提案、研究していた。
学力問題,総合学習,協調学習
Eラーニング,シミュレーション
現場力,論理思考力
コミュニケーション力
そして脳の働き

「今、生きているか」が口癖だった。
「今生きている場」の中で「生きるための要素」をとらえ
その力を磨く学習=行動をする。
行動するのは、学習者自身。
「教育」ではなく「学習」でなければならないと言い続けた。

現実の場から教育を考える。
それは現実をそのまま肯定するということではない。
「今ある姿」をもとに「あるべき姿」を構想し、
そこにいたる道を創り出していく。
創り出すための方法は「脳行動学に基づく行動分析」。
「脳の働き」をとらえて「脳の働かせ方」を工夫する 。
 
脳行動学(学問として認知されていないかもしれない)、
彼の前にそうしたものの見方をしている人を知らない。
(浅学ゆえかもしれないが・・・) 

いまなぜ矢口新を取り上げるのか…

矢口新が示した方向、創り出したもの、
それらの中にこれからの教育の向う道があると私は感じている。
まだまだその全貌はとらえられないが、
矢口新の仕事を掘り起こしていきたい。